娘の4回目の祥月命日&思い出

      2006/9/1

     
早いような、もう4年も過ぎたのかと思う祥月命日を向かいた。
      亡くなった日の何日か前からの思い出が現れては、胸がキュンとなる日が
      続きました。(今はない)そんな時は独り言のように娘にその思い出を話しか
      けていた。
      後悔の念も数えきれないほど現れました。その一つに死後の世界とはどう
      いう世界なのかと話して置けばよかったと言う事も一つです。
      その思いは死の直後に痛切に感じました。突然死ですので娘自身も戸惑った
      事だろうと思うと切なくなった。が
      幸い娘は神仏の存在を信じていたようでした。そして神仏に感謝していた事を、
      遺品の整理中の日記で知り、安心と嬉しさと共に涙も流れました。

      死後の儀式が一通り済み、お骨のある後飾りの前で、娘がこの世に未練を残
      したままでは可愛そうだと気にかかり出し、「由理子はね9月1日に突然死で
      死んだんだよ。守護の神霊様のお導き通りにそちらの世界に行ったんだよ。
      だからそちらの世界で楽しく過ごして頂戴ね。由理子はもうお母さん達のいる
      地球界には住めないのだからね。分ってね。由理子の葬儀を由理子も見てい
      たでしょう!。
      大勢の方々が見送りに来て下さったよね。
      立派な葬儀でお母さんは嬉しかったよ。こちらの地球界に想いを残さず、
      そちらで幸せになって頂戴ね。お父さんや私達は毎日元気で幸せに暮らして
      行くからね。慣れてきたらそちらでのお仕事に勢を出してね」。というような事
      を言い聞かせていました。それからお祈りです。
      「娘の天命がまっとう完うされますように
      守護霊様、守護神様ありがとうございます。
      どうかよろしくお願いいたします」。と祈り続けました。

      死の2ヶ月前あたりから娘の肉体エネルギーが減少して行く気がして来て、
      若い娘でありながらも重たいものは持たせられず、遠くまで歩く事もさせら
      れない気持ちが湧き起りました。死の三日前からは娘はあまり食べない
      ようになりました。大好きなケーキも「食べたくない」といいました。
      どうしたのかなあ〜〜と思いましたが、生活も普通ですし、
      死が近づいている等とは全く気が付きませんでした。
      守護霊、守護神様のお導きだったのでしょう。夫には(娘の夫)ワイシャツ、
      下着類、Tシャツ、家庭用品を何年も使えるほど買っていた。「良く買うはねぇ〜
      どうしたの?」と私は言った。娘は(うん)と一言だけの返事だった。主人と私に
      はTシャツと、ジャケットを買って持って来てくれたのが死の10日前だった。
      柄がどうだの丈が長いだのと言ってしまった。
      今では大切に着ています。更に「お母さんがこれから先に行って使うかもよと、
      目に止まったから」と尿漏れパンツまで買って持ってきてくれました。

      又普段使わないお客様用のグラスを食器棚の奥くから手前に揃いて置いて
      あったのです。夫の両親、私ども家族が駆け付けたので、戸棚の手前に用意
      して置いてくれたグラスで水分補給をしました。暑い暑い日でした。
      集まっている親族皆お茶を頂く気分ではなく物が喉を通らない感じでしたが
      この日の用意だったのです。

      「お母さん、今日ね予定もしていない大掃除をしちゃった」とも言っていた。
      その時の私の返事は「ああそう 」とだけだった。「暑かったでしょう!頑張った
      ね」ぐらい言いば良かったのにと・・・
        
      夫の会社の寮に住み、その年は寮の管理人をジャンケンで負けて勤めていた。
      「なんとなく私がしなければと言う気がした」と言っていました。亡くなるその夜は
      寮会議があり、会議の内容のまとめを記して、風呂に入り、床に就き、4時間後
      に一人静かに旅たちました。誰も看取ってやれなかった。どんな気持ちで旅立っ
      たのか今も知りた!。「苦しむ事もなく夜中の2時ごろ逝ったと思います」。
      と監察医の方が言いました。

      人間誰でも病んで苦しんでいる人、事故でさぞや痛かったであろうと思える人
      でも、息を引き取る間際から、引き取ってあの世のに渡る刹那においても、
      守護の神霊のお導きにより苦しみ、痛みなくその人の住むべき世界に案内さ
      れると言う。
      迷うことなく安らかに行けるそうですが、それでも死んだ我が子の事が気にか
      かるのは親として誰もおなじようです。
      (神仏を信ぜず、悪業行為をして来た人は違った世界に移行するようです)

      今日は両家の両親とお婿さんの5人でお墓参りをして、料亭で愛と調和で穏
      やかな中で、楽しく美味しいお昼を頂きました。4年半の結婚生活でお婿さん
      の両親さんとは、別居だったせいもあり、ご実家の用は何もしなかった嫁でした。
      それなのに亡くなった娘の遺体のそばで「由理子さん4年半の幸せありがとう
      と婿さんのお母さんが仰ってくださったお言葉を今日も思い出しました。
      嬉しい言葉です。
      死後はご両親さんには毎日丁寧に祭っていただき(神道)
      心からの供養していただいています。今日もまるで娘がそこに座っている実感で
      歓談が続き、さぞ娘も楽しかったと感じました。(娘も来ていたと思います)
      亡くなってからもずっと生きているようなお付合いをさせて頂いています。
        
      主人も私もお婿さんに良い方に出会いたら再婚をと2年前にお伝えして以来
      そ日の来るのを願っています。幸せになってもらいたいです。
      小雨の降る初秋の昨日はしみじみお婿さんに愛おしさがこみ上げてきました。



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